「助けて」と言えずに、夜の世界で孤立する女性たち

「助けて」と言えずに、夜の世界で孤立する女性たち

あなたの隣にいるかもしれない、声なきSOS

「どうしてそんな仕事をしているの?」

「そんな危ない仕事だからじゃないの?」

そう思われることが怖くて、誰にも悩みを打ち明けられない。

風俗の世界には、社会的な偏見やスティグマ(※)によって孤立し、たった一人で困難を抱えている女性たちがいます。

私たちのもとには、適切な支援につながれなかったことで、

  • 借金が雪だるま式に増えてしまった
  • 悪質な詐欺に遭ってしまった
  • 心身の病気が悪化してしまった
  • 家族や友人に仕事をバラすと脅されている

など、事態が深刻化し、どうしようもなくなってから、ようやく相談にたどり着く方が少なくありません。

風俗で働く女性、孤立困窮する女性——この問題は、決して遠い世界の話ではありません。

2025年現在、日本国内では約40万人が性風俗店で働いていると推計されています。これは、日本の女性就業者(3,124万人)の1%以上を占め、小学校の先生(約42万人)や美容師(約57万人)といった身近な職業と比べても、決して少なくない数です。

しかし、その多くが派遣型のデリバリーヘルスなどで働いているため、彼女たちの姿や直面する課題は、社会から「見えづらく」なっています。

ネオンや看板もない待機するマンションの一室で、彼女たちがどんな背景や葛藤を抱えているのかを知ることは容易ではありません。だからこそ、私たちの多くは、ニュースでセンセーショナルに報じられる事件や、映画の中のフィクションなどを通して作られた、漠然としたイメージで「風俗」を語ってしまいがちです。

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  • スティグマとは、日本語の「差別」「偏見」に対応した言葉で、具体的には、「個人の持つ特徴や属性に対して、周囲から否定的な意味づけをされ、不当な扱いことをうけること」です。
    国立精神・神経医療研究センターHPの解説参照

なぜ、彼女たちは「風俗」を選ぶのか

「これしかない」と彼女たちが考える理由

風俗で働くきっかけは、経済的な困窮が大きな理由であることがほとんどです。

しかし、お金に困った誰もがこの仕事を選ぶわけではありません。そこには、本人にとって「これしかない」と考えざるを得なかった、差し迫った事情が存在します。

ともさん(仮名・40代)

高校生の長男と、介護が必要な母親と暮らす、ともさん。母親の介護のためフルタイムでは働けず、子どもの学費と生活費を稼ぐため、短時間で高収入を得られるデリヘルで家計を支えています。「私が出勤しないと、この子を進学させられない」。心身ともに限界を感じながらも、誰にも相談できずにいます。

ともさんのように、その背景には、離婚、DV、親の介護、自身の精神疾患、さらには虐待経験や発達障害など、複数の困難が複雑に絡み合っているケースが少なくありません。これを「困難の多重化」と呼びます。

そして、こうした困難を抱える女性たちにとって、現代の日本社会は決して優しくありません。

日本の女性の平均賃金は男性の約7割。年齢を重ねても収入が上がりにくい現実があります。

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そのような中で、「学歴・職歴不問」「自由出勤」「即金性」といった性風俗の条件は、経済的に困窮した学生、シングルマザー、障害や疾病により正規雇用が難しい人々にとって、最後のセーフティネットのように見えてしまうのです。

お金の悩みは「自己責任」なのか

クレジットカードの返済、奨学金、家賃滞納、投資詐欺、悪質ホストの売掛金——。

誰もが多額の負債を抱えるリスクがある一方で、お金の問題は「だらしなさ」「計画性のなさ」といった「個人の問題」として片付けられがちです。

その風潮が、人知れず窮状を乗り切ろうと、彼女たちを風俗へと向かわせる一因にもなっています。

あやかさん(仮名・20代)

虐待が原因で複雑性PTSDなどを患い、大学進学に際して親からの援助は望めませんでした。しかし親の収入が高いために奨学金は借りられず、大学院までの学費と生活費を、個人売春で賄うしかありませんでした。

「相談できない」壁

「バレたくない」ことが、支援を遠ざける

彼女たちが利用できるはずの公的な支援は、数多く存在します。

しかし、支援窓口では詳しい生活状況の聞き取りが行われるのが一般的です。

「仕事のことや収入を、正直に話したくない」

「役所で知り合いに会うかもしれない」

「家族に知られてしまうのではないか」

そうした不安が、彼女たちを公的支援から遠ざけています。

中には、風俗で働いていると聞いただけで動揺したり、特別視したりする支援者も残念ながら存在します。「家賃が払えない」「社会保障の手続きがわからない」といった誰もが直面しうるシンプルな悩みでさえ、打ち明けることができないのです。

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社会からの「自業自得」

「そんな仕事を選んだのだから、自業自得だ」

社会がそう断じる時(あるいは断じられると不安になる時)、当事者はさらに深い自責の念に囚われます。

「自分でなんとかしなきゃ」

「相談したら、警察に捕まるかもしれない」

「そもそも、こんなこと相談していいかすら分からない」

周囲からサポートを受けられなかった経験が、「誰にも頼れない」というセルフスティグマ(自分自身に烙印を押すこと)を生み、さらに孤立を深めていくのです。

近年、悪質ホストクラブの被害が注目される中で、「ホストにそそのかされて『風俗に沈められた』」といった報道も目立ちます。しかし、こうしたセンセーショナルな言説は、「風俗で働くこと=悪」というイメージを固定化し、自ら働く中で、困難を抱えている多くの女性たちの姿を、かえって見えづらくしてしまっている側面もあります。

孤立が生み出す、負のスパイラル

「楽して高収入」ではない

短期で高収入が得られると思われがちな世界ですが、きらびやかな生活を送れるのはごく一部です。多くは景気や客足に左右され、絶えず集客努力が求められる厳しい環境にあります。

働き始めたことで家族や友人と疎遠になり、キャスト同士はライバル。心身ともに孤立しやすい中で、深刻なリスクに直面することもあります。

ケース1:法外な罰金

初めて入ったお店が怖くて、即日辞めたいと伝えたら『予約キャンセルによる損害が出た』と高額な罰金を請求された。生活のために働こうとしたのに、罰金返済のために借金することになった。

ケース2:望まない妊娠

お客様との行為で妊娠。相手に伝えても『自分の子か分からない』と連絡が取れなくなった。禁止されている行為だったので、お店にも警察にも相談できなかった。

ケース3:ネットでの誹謗中傷

ネット掲示板に容姿を中傷されたり、本名を暴露すると脅されたりしている。誰が書いたか分からず、接客が怖い。警察に行っても『そんな仕事は辞めなさい』と説教されそうで、誰にも相談できない。

このように、危険な目に遭っても「相談しづらい」ことから、多重債務、望まない妊娠、犯罪被害といった問題へと発展し、心身の不調の連鎖に陥るケースが後を絶ちません。

誰もが「助けて」と言える社会のために

私たち風テラスは、性風俗で働く方が、仕事のことを隠さずに安心して相談できる場を提供しています。

チャット相談や、弁護士とソーシャルワーカーが連携する無料の相談会などを通じ、彼女たちが抱える様々な問題の解決をサポートしています。

お金の問題、お店とのトラブル、そのような「困った」に耳を傾けていると、なぜお金が必要なのか、なぜ風俗で働いているのか、それぞれの理由、歩んできた道のりが垣間見えることが多いです。

だからこそ、相談者の現状を否定せず、その気持ちに寄り添い、信頼関係を築くことや、「こんなことを相談してもいいのだろうか」という不安を取り除き、本人が「助けて」と言える力をつけていくことを大切にしています。

いつも相談の中で、こう問いかけます。

「あなたはどうしたいですか?」

目の前の困難を必死に乗り越えてきた人々に、これからは「自分はどうしたいか」を考えてもらいたいと願っています。

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この記事を読んでくださったあなたへ

もし、あなたの周りに悩んでいる方がいたら、あるいは身近な人がこの仕事をしていると知った時、どうか、その背景に様々な事情がある可能性に思いを馳せてみてください。

まずは、偏見なく話を聞いてあげること。

そして、「風テラスのような相談場所があるよ」と伝えてあげること。

あなたのその小さな関心が、孤立している誰かが「助けて」と言う勇気につながります。

私たちは、「誰もが『今日の安心』と『明日の選択肢』を得られる社会」の実現を目指し、これからも彼女たちの声に耳を傾け、社会の理解を深めるための活動を続けていきます。